LOGIN私は大ホールに集まった人たちの前で、図らずもスパリオと結婚宣言をしてしまいましたわ。 会場が温かな祝福ムードに包まれる中、一人だけ真っ青な顔をした少女がいましたの。 それはスパリオと一緒に留学に行っているはずの――銀髪の聖女さんでしたわ。「エリザベス様、大変……、大変申し訳ありませんでしたっ……」 彼女は意を決したように私に近づいてくると、声を震わせながら深く深く頭を下げましたの。「え、あの、聖女さん? 一体、何を謝っていらっしゃるの?」「私のせいで、エリザベス様を不安にさせてしまい……。スパリオ王太子殿下は、いつも、何よりも、エリザベス様のことを気にかけていらっしゃったのに!」「ひゃううん」 彼女の謝罪を真面目に受け入れたいのに、そんなことを言われたら顔がにやけてしまいますわ! ――じゃなかった、いや本当に、どういうことですの?「ええと、まず、顔をお上げになって? どういうことか、説明してくださるかしら?」 私は努めて真剣な表情を作って、怯えている様子の聖女さんを怖がらせないように優しい声で問いかけましたわ。 彼女はしばらくすると、そろそろと顔をあげて、話し始めましたの。「スパリオ王太子殿下が隣国に留学されたのは、私のお告げのせいなんです」「お告げって、聖女さんだけが聞ける女神さまの声のことですの?」「はい、そうです。そして、その内容が――」 そこまで言うと聖女さんが表情を曇らせて、スパリオを見上げました。 彼は小さく頷くと、優しく私の肩を抱き寄せましたの。「女神さまのお告げは、未来の王妃――つまりエリー、君が将来、重い病気を患うというものだったんだ」「ええっ!?」 全くの予想外の内容に、私は目を丸くしましたの。 昔から健康が取り柄でしたのに……、不安になる私を落ち着かせるように、スパリオは続けましたわ。「聖女――カミラからその話を聞いた僕は、病気の解決方法を必死で探した。それでつい忙しくなって、君には寂しい思いもさせてしまったね」「入学後にスパリオがお忙しかったのは、私の為だったんですの!?」 王宮の仕事や聖女さんのお世話に奔走しているのだと思っていましたの。まさかの理由に、私は息を飲みましたわ。「事情を話すことが出来れば良かったんだけど――治療の目途がたつまでは、君にこのことは言えないと思ったんだ
「うわああんっ、ひっく、うぇ、……婚約破棄なんて、嫌ですわー!!」 大泣きし始めた私に、スパリオは大慌ての様子でしたわ。 でも、私の涙は全然止まりませんでしたの。「びええん、うっく、嫌ですの! 私はスパリオが好きですの!!」「えっ、え、ちょっと待って、エリー?」「嫌です、待ちませんわっ!! 婚約破棄なんて、お待ちになって?」「婚約破棄ってなんのこと!?」「私は、ちゃんとスパリオをもう一度メロメロにするんですから! もう国を乗っ取るとかどうでも良いんですの! スパリオが好きなの! びええええんっ!!」「く、国を乗っ取るって!? え、と、というか、エリー……」 ずびずびと、淑女あるまじき勢いで泣きわめいてから、私はようやく我に返りましたの。 ――あれ、今、スパリオは、婚約破棄ってなんのことだと言ったかしら?「……」 「……」 私が泣きはらしたぼろぼろの顔でスパリオを見つめると、彼は見たことも無い位に真っ赤になっていましたの。 ……どうしてですの? い、意味が分かりませんわ?「ひっく、ぐすっ、あの、私、これから大ホールで、皆さんの前で婚約破棄宣言をされるのでは……?」「何がどうしたら、そんな発想になるんだい!?」 大真面目に問いかけた私を、スパリオは驚愕の顔で見つめていましたの。 そして、私は気づきましたわ。 大ホールの扉が、すでに半分開いていたことに。 中には沢山の人が集まっていて――後ろの方に横断幕が見えましたの。『エリザベス嬢、15歳のお誕生日おめでとう』 そこには、そう記されていましたわ。「??????」 私は自分の勘違いに気づいて、一気に頭が冷えていき――同時に頬が燃えるように熱くなるという特異体験をいたしましたの。「あっ、あのあの、これは……」 そして冷静に思い返してみれば、とんでもないことをスパリオに伝えてしまった気がしますわ? ――ああ、もう駄目、耐えられませんの。 お誕生日会を開いてくださっているのに申し訳ないですが、先程までとは別の意味で、ここにはいられませんわ!「き、今日のところは、これくらいにして差し上げますわー!!」 そう言うと私は全力で身をひるがえし、逃走を試みましたわ。 でも、それはあっけなく阻止されましたの。「ふふっ、駄目だよ。エリー!」 嬉しそうに声を弾ませ
私はエリザベス・スパイシュカ、15歳になりましたの。 隣国にスパリオと聖女さんが留学してから、私の学園生活は皮肉にも平和なものとなりましたわ。 悪役令嬢なんて噂をする人たちもいなくなって――ときどき、婚約者に逃げられた女だと憐れむような視線は感じますけれど、直接何かを言われることもありませんし。「エリー、また王太子殿下から手紙が届いているよ」 「本当に見なくて良いの?」 王太子殿下からはここ半年間ほどで、100通近いお手紙を頂きましたの。 心配そうに訊ねてくるお父様とお母様に、私は首を横に振りましたわ。「ありがとうございます。でも、読みたくないんですの……」 王家からの手紙を開封しないのは、本来ならば重罪ですわ。 でも、私に届いているのはスパリオ個人からの手紙という扱いのようですの。だから読まなくても、少なくとも家が罪に問われることはありませんわ。(誠実に手紙を送ってくださるスパリオに、申し訳なくはあるけれど) 手紙の内容が怖くて、開封できなかったんですの。 だって彼の美しい文字で”婚約破棄”だなんて綴られていたら、それこそ立ち直れませんわ。(でも、こうして引き延ばせるのもあと半年ですわね) あと半年で、留学を終えたスパリオと聖女さんは国に戻ってきてしまいますわ。 そうなれば流石に、私も逃げ続けることは出来ないでしょう。 どこかで現実と――向き合う覚悟を決めなくてはいけませんわね。 私が深い溜息を吐きながら学園までの道を歩いていると、背後から声がかけられましたわ。 「やあ、久しぶりだね。エリー」 それは聞き間違えるはずもない、スパリオの声でしたわ。 私が驚いて振り返ると、今は隣国にいるはずの彼が私に微笑みかけていましたの。 留学で旅立つ前より、彼は少し元気そうで、背も伸びたようでしたわ。「すっ、す、スパリオ……王太子殿下。どうして、ここに?」 声を裏返しながら問う私に、彼は苦笑しましたの。「やっぱり、手紙は読んで貰えていなかったんだね」「あ……、そ、それはっ! ……ごめんなさい」「良いよ。君に不信感を持たせてしまった、僕がいけなかったんだ」 殊勝に謝る彼に、私は何も言い返せませんでしたわ。 どこまでも優しい人ね。 久しぶりに彼に会えて嬉しい。沢山、話がしたい。 でも、それ以上に恐怖
王宮の応接間に呼び出しを受けて参上すると、そこにはスパリオと聖女さんの姿がありましたわ。 二人は仲睦まじく腕を組んでいましたの。 やってきた私に、スパリオは微笑みながら言いましたわ。「エリー、僕は真実の愛を見つけたんだ。この聖女さんと結婚するよ」「えっ……スパリオ、急に何を言い出しますの?」「僕たちは、所詮は親同士の決めた婚約だからね。はっきり言わないと分からないかい?」 狼狽える私を見つめるスパリオの眼差しが、氷のように冷たく変わりましたわ。「エリザベス・スパイシュカ。今日をもって、僕は君との婚約を破棄する!」◇ ◇ ◇「いやあああああっ!!」 叫びながら飛び起きると、そこは自室のベッドの上でしたの。 どうやら夢を見ていたようですわ。とても恐ろしい夢。 目が覚めたはずなのに、夢の中のスパリオの冷たい瞳が忘れられませんの。 きっと、最近図書室で借りて読んだ小説の影響ですわね。 平民出身の娘が王子様と恋に落ちて、婚約者である意地悪な”悪役令嬢”の妨害にもめげずに真実の愛を勝ち取るお話。街でも流行しているんですって。 私とスパリオと聖女さんの関係をこの小説に見立てて、私を”悪役令嬢”みたいだと陰で噂する声があるのも知っていますわ。 勿論、見当違いなので気にしていませんけれど。 だって私は悪役令嬢ではなく、ハニートラップ令嬢なのですわ!「ああ、いけない。今日はスパリオと会う日でしたわね」 婚約者同士である私とスパリオは、学園で顔を合わせる機会が少ない代わりに、週末には必ず 一緒に過ごす時間を作っていましたの。 ――いつもは楽しみな時間なのに、夢のせいで今日は憂鬱に感じてしまいますわ。「駄目よ、エリー。私はスパリオをメロメロにするんだから。聖女さん相手でも、負けてられないわ!」 弱気になりかける自分の気持ちを奮い立たせて、私は支度をはじめましたの。◇ ◇ ◇「お待たせ、エリー。遅れてしまってごめんね」 スパリオは待ち合わせに10分程遅れてやってきましたわ。場所は王宮の中庭。テーブルにはいつかのように、お茶会の準備が綺麗に整えられていましたの。「おーっほっほっほ! 構いませんわよ。スパリオは毎日、お忙しく過ごしているようですもの」 ここ最近、端正な彼の顔に疲労の色が滲んでいるのは気になっていましたわ。何でも
私はエリザベス・スパイシュカ、14歳になりましたの。 この春から、王立学園に通うことになりましたわ。 婚約者である王太子殿下――スパリオをメロメロにして国を乗っ取ることを計画している私に、最近、大きな悩みが出来たんですの!「ほら、見てみろよ、聖女さまだぜ」「平民出身だけど凄く優秀だって話よ」「可憐で清楚で、長い銀髪が美しいわね。なんて素敵なの」「スパリオ王太子殿下と並んでいると、お似合いで絵になるわよね」 カフェテリアで他の生徒たちが交わす噂話に、私はこぶしを握り締めましたわ。 彼らの視線の先には、中庭の便利で仲睦まじく会話する、スパリオと銀髪の可憐な少女の姿がありましたの。「ぐぬぬぅ!」 この王立学園は基本的には貴族家が在席していますわ。 けれど、珍しい才能を持つ人間は特例として通学が認められますの。 その中でも一番特別なのが、聖女として認められた娘ですわ。 これは30年に1度現れる、女神様に認められた存在であるらしいんですの。 聖女は女神のお告げを聞く力があり、国に幸運をもたらすと言われているんですわ。「だからって、どうしてスパリオがそのお目付け役なんですのー!」 いえ、分かりますわ、分かりますのよ。 スパリオはとても優秀ですし、面倒見も良いですし、格好良いですし、何よりも王太子という立場ですし、国の要となる聖女さんのお世話役に任命されるのは当然かもしれませんわ。 聖女さんは平民出身ということで、貴族社会でこれから苦労することもあるかもしれませんの。 スパリオが傍について、しきたりなどを教えるというのも理にかなっているのかもしれませんわ。 でも、でも……。「折角、同じ学園に通えましたのに。これでは全然お話も出来ませんわ……」 こんなのあまりにも寂しい――ではなくて、このままでは、スパリオをメロメロにする計画に支障が出てしまいますわ! しょんぼりと一人で紅茶を飲む私に、三人の女生徒が近づいてきましたの。「あの、ちょっと宜しいでしょうか。エリザベス様」「……何ですの?」 見上げれば、上品ないでたちと仕草から、高位の貴族の娘さんたちであることはすぐに分かりましたわ。 三人の内の真ん中にいる、茶色の巻き毛の女生徒が丁寧にお辞儀をしてきましたの。「お初にお目にかかります。私はルアード侯爵家の長女、マリリンと申
社交界デビューの日には、王城の大広間で舞踏会が開かれることになっていましたの。 その日に向けて、私は礼儀作法やダンスの特訓を頑張りましたのよ。 素敵なドレスと洗練された動きで私の魅力を発揮して、スパリオに可愛いって思われたい――じゃなかった、これも彼をメロメロにして国を乗っ取る為ですの! ――そして舞踏会当日、私はスパリオが贈ってくれた薄い青色のドレスに身を包みましたわ。 栗色の長い髪は大人っぽく、お団子に結いあげて貰いましたの。ドレスの刺繍と同じ金色の、お星さまの髪飾りが素敵でしょう? お化粧だって、少しだけ施してもらいましたの。似合うかしら。 この姿を一刻も早くスパリオに見て貰いたかったのに、彼は他の公務ですぐには会えないんですって。 舞踏会の挨拶のときに合流すると、伝えられましたの。「そうですの。スパリオは他にもお仕事がありますのね……」「ほら、エリー、元気を出して? すぐにスパリオ王太子殿下にもお会いできるよ」 「少し会えないだけでも寂しいのよねぇ、ふふっ」「ち、違いますわっ! 私はただ、スパリオが間に合うかを心配しただけで!」 お父様とお母様の慰めるような言葉に、私はむきになって言い返しましたの。 スパリオがいないからって、寂しいだなんて、そんなこと!◇ ◇ ◇ 王族による挨拶が始まる前から、舞踏会の会場は既に華やかな賑わいを見せていた。 テーブルに並ぶワインや軽食を片手に、大勢の貴族や他国の要人たちが交流を深めている。「うううっ、寂しいですわ。早く会いたいですわー……」 早めに会場入りをはたしていた私は、しょんぼりと壁際に佇んでいましたの。 お父様とお母様は、大臣さんと難しいお話があるということで、何処かに行ってしまいましたわ。 私は巨大な会場で見知った顔も少なく、小さくなっていましたの。 時折、挨拶をしてくださる方はいらっしゃいましたが、すぐに通り過ぎてしまわれましたわ。 貴重な他国の方と交流できる機会ということで、皆さんお忙しそうでしたの。「……失礼、レディ?」 そんな中で聞こえてきた声は、最初、自分に向けられたものだと気が付きませんでしたわ。 けれど、見渡してもこんな壁際にいるのは私だけでしたもの。 だから恐る恐る、顔をあげましたの。「あの、わ、私のことですの?」







